INTERVIEW
FASHION 29 Mar 2019

ミシュランを多数獲得。料理界で名をはせるトップシェフのこれまでとこれから

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品川プリンスホテルの最上階にある「DINING & BAR TABLE 9 TOKYO」。東京の町並みや遠くは富士山まで一望できるラグジュアリーダイニングに、3/15から3日間、イタリアで今最も注目を集めるシェフの一人、アルベルト・ファッカーニ氏がスペシャルディナーをふるい、連日大盛況のうち終わりました。初来日にして各メディアで告知されるほど、美食家の間で知名度の高いトップシェフの素顔に迫ります。

世界中の人を魅了するイタリアンを手がけるシェフ

「一皿目のお料理を見た瞬間に、素晴らしい料理を出すシェフだとわかりました」「アイディアの斬新さや料理に対するエネルギーが並大抵ではない。料理が好きで好きで、仕方ないのだと思います」。「DINING & BAR TABLE 9 TOKYO」恒例のシェフ招聘イベントの担当者はアルベルト氏をこんな風に評します。

今回、自身がイタリア北部のチェゼナーティコで経営する「Magnolia(マニョーリア)」で提供している人気の料理を、コース仕立てでふるわれました。ロッシーニ没後100周年を迎えた昨年に完成した「仔牛フィレ肉のロッシーニ風 マルサラソース」や、イカをタリオリーニに見立てたカルボナーラなど、計9品が楽しめる、まさしくアルベルト氏の約15年に及ぶ来歴を物語るようなコース。

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仔牛フィレ肉のロッシーニ風 マルサラソース

創意工夫にあえてオリジナル料理を組み込まなかったのは「初来日の今回、まずは我々の味を伝えたかったから」。そう真っ直ぐに語るアルベルト氏の今までの歩みに迫るべく、今回特別に独自インタビューを行いました。

「5歳の頃からシェフを志してました」

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——まず初めにアルベルト氏の幼少期からお聞かせください。

僕はボローニャで生まれたのですが、ほとんど幼少期の記憶はラヴェンナ。生まれて間もない頃から20歳になるまで、ラヴェンナで生まれ育ちました。僕が初めてシェフになりたいと思ったのは5歳の頃。家族にシェフは一人もいなかったのですが、父方と母方、両方の祖母と料理を一緒に作るのがすごく楽しくて! お菓子作りでクリームを作った後、味見をするのも好きでした(笑)。

——調理の楽しさの他に何か気づきはありましたか?

料理は人を感動させるものだと気づきました。シンプルな食材だけで、一生誰かの心に残る一品が生まれる。それは素晴らしいなと子供ながらに思っていたんです。特に僕はエミリア=ロマーニャ地方にいたこともあり、自家製のパスタが記憶に残ってます。ラザニアやトルテッリーニの発祥地で、卵を使用したパスタを伝統食として各家庭で作っていましたから。

——それにしても、ご家族に料理を仕事にする人がいないとなると、大変だったのでは?

ひたすら独学でした。それに僕が読む本といえば、10歳以降は全て料理に関するものばかり。親も“本当にシェフになるの?”と心配だったのか、せめていろんな職業に就けるようにと普通科の学校への進学を勧められたので、料理の専門学校にも行っていないんです。でも大学で経済学を学んでいたことは自分にとってすごく有意義だったと今改めて思います。もちろん当時はキッチンに立つ時間が少なかったけど、そこは料理のロジックを学ぶ時期と割り切っていました。

——物事を前向きに捉えて環境に対する弱音を言わない。そんな姿勢がすでに確立されていたんですね。

大学卒業後はいよいよシェフになれるという心境。どんな環境で学ぼうかと考えた時に、僕はファンダイニングで美食家たち、おいしいものが大好きなグルマンのために料理を作りたいと思ったんです。その上で、まずは食全般の伝統を学ぼうと思い、日中はトラットリア、深夜はパスティッチェリア(お菓子屋)と掛け持ちで働きました。とにかく早くシェフになりたかったので、期間も1年とあらかじめ決めて。
そのあと地元にあるミシュラン二つ星のファンダイニング。「キャリアはないので無料で働かせてくれ」と履歴書を書き、2年間はただ働き、3年目に正社員に。それから別のミシュラン三つ星の店で2年間修行して、「マニョーリア」をオープンしました。

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チェゼナーティコの「Magnolia」店内

「彫刻家のような視点で一つひとつの食材に向き合う」

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——修業時代からトップレストランで経験を重ねたアルベルト氏は、「マニョーリア」開店の1年3か月後にはミシュランを獲得。率直にどう感じましたか?

どうしようかと(笑)。50〜60代でいただけるものと思っていたので、こんなに若くしていただけるなどあり得ないと思いました。技術と食材の品質の高さのほか、新しい試みを繰り返す若手シェフというのも評価されたと思っています。

——そして2017年にはミシュラン二つ星を獲得されました。何か心境などに変化は?

初めて獲得した時は正直そこまで何も変わらなかったけど、二つ目の星をもらったあとは海外に目を向けるように。ゲストの幅が広がったんです。ただし、視野が広がるのと反比例して、料理はメイドインイタリーに徹しようという考え方が強化されました。やはりゲストにはここでしか食べられない味を楽しんでいただきたいので、地域のアンバサダーとしてね!

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——アルベルト氏の料理におけるモットーとは?

一番は食材を余すことなく使うということ。モラルを持って調理するという意識です。世界には食事を十分に食べられない人がいるということを常に忘れてはいけないと思うから。ごく当たり前のことですね。もう一つは食材を深く観察してエッセンスを見極めて調理すること。彫刻家が一つの石の塊から芸術を掘り起こすように、食材に向き合いたいんです。

——料理のインスピレーションは旅と聞きました。日本はいかがですか?

豊洲市場は滞在中に絶対行きたいです。楽しみな日本食? もちろん全てさ! 今ではイタリアでも寿司を食べられるけど、日本ほどクオリティは高くない。だから今回の来日中にレベルの高い寿司を食べれば、今度から寿司を食べる時の感じ方も変わるでしょう。あとは外国のレストランにいったら、シェフやスタッフがいかに働くかを観察する。ものすごく勉強になるからね。来年の暮れにはチェゼナーティコで、「マニョーリア」とはベクトルの真逆なトラットリアをオープンする予定です。だから、今の目標は料理のスキルを上達させること!

italyアルベルト・ファッカーニ
2003年、チェゼナーティコにレストラン「Magnolia」をオープンし1年半後にはミシュランの星を獲得。その後もイタリア国営テレビの料理番組「La Prova del Cuoco」への出演や料理教室の開催など精力的に活動し、イタリアのワインと食のガイド『Identità Golose』では、過去10年間でイタリアのレストランに変革をもたらした100人のうちの一人に選出。海外シェフとのコラボレーションイベントも積極的に行う。
WRITER PROFILE
門上 奈央 Nao Kadokami
門上 奈央 Nao Kadokami

1991年11月13日生まれ、兵庫県神戸市出身。学生時代にはイタリア料理店で4年間アルバイト。22歳より3年間、海外のガイドブックを専門に制作する編集プロダクションに所属。25歳でフリーランスとなり、雑誌やウェブ、単行本でジャンルレスに活動中。まとまった休日ができれば海外へ。いつかイタリアでヴェネチアンガラスを買いたい。

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