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CULTURE 04 Dec 2019

ミラノで生まれ育った日本人、Sara Waka(サラワカ)をご存知ですか? 前編

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イタリアで活躍するクリエイターSara Wakaとは?

Sara Waka(サラワカ)は、日本人の両親のもとミラノで生まれ育ちました。彼女の仕事は多岐にわたるので、一言でプロフィールを説明することは難しい。

Wakapediaを主宰するサラワカ

任天堂イタリアのコマーシャルをディレクションし、自らもその動画に登場する。一方、雑誌ロフィシャル・イタリアなどでフリーランスのエディターとして活動したり、プラダ財団のアート施設では美術ガイドを担当していたりもする。パリのタレント・エージェンシーとも深い関わりがあり、国際的なブランドやオンライン商品のアンバサダーを務めるなど、多種多様な分野で活躍しています。そんなSara Wakaさんが来日。インタビューする機会を得ました。

SHOP ITALIA そもそもイタリアで暮らし始めた理由を教えていただけますか?
Sara Waka 自分から進んでというより生まれ育ちがミラノなんです。親が二人ともオペラ歌手だったんですが、二人は日本からミラノに移ってきてコンセルヴァトーリオ、ヴェルディ音楽院に通い始めて、そして私が生まれた、という経緯があります。両親はスカラ座でも仕事していました。

SHOP ITALIA 幼稚園からずっと現地の学校に行ってたんですか?
Sara Waka 幼稚園は現地校でしたが、小学校からは日本人学校に行くことになりました。日本語が全然話せなくなってしまって。弟ともイタリア語で会話するようになったのを母親が心配して日本人学校に入れたんです。でも、「私たち家族は日本に帰る予定はないよね」ということになり、それ以降は中学校、高校、大学もミラノの現地校に。その後、大学院はパリのソルボンヌに行きました。

Wakapediaを主宰するサラワカ

SHOP ITALIA その間日本に来ることとかはなかったですか?
Sara Waka 親は日本の文化が私たち兄弟に大切だということを最初から気づいていたようです。父親の実家が岩手にあるのですが、夏休みの三ヶ月間は弟と二人で毎年そこへ行っていました。

私たちの世代はマルチじゃないとやっていけない

SHOP ITALIA 今やられている仕事はどのようなものですか?
Sara Waka 私たちの世代は、ひとつの仕事で満足できないところがあって、色々な仕事をやっちゃう、やりたい世代だと思うんですね。例えば歌手をやってるけど、写真も撮るとか。マルチじゃないとやっていけないのかなって。ただ、それだとわかりずらいと思うので、自己紹介をするときはクリエティブコンサルタントと言ってます。

SHOP ITALIA 経歴を教えてくれますか?
Sara Waka 人生最初の仕事は母親の手伝いで、日本から来る方を案内するコーディネーターでした、16歳のとき。
昔から色々な人と会うのがすごく好きでしたね。
パリの大学院では何かを成し遂げたいなといつも考えていたのですが、具体的に何をやったらいいのかわからなかったんです。その時に親友が「なんでSaraはこんなに色々な人も知ってるし、すごいイケてるイベントとか行ってるんだからブログやればいいじゃん」って言ってくれたんです。でも私はブログって自分の写真を撮ってアップするみたいな感じのイメージがあって、絶対それは嫌だって思っていて。
でも、23歳の誕生日に「Wakapedia」のロゴと「Wakapedia.it」のドメインを、その親友であり、現在はWakapediaのチームの一人でもあるGiulia Bisonにプレゼントされて。それから何か始めなきゃな、と思っていました。

Wakapediaのロゴマーク

Wakapediaのロゴマーク。
SHOP ITALIA 大学、大学院では何を専門に学んでいたんですか?
Sara Waka 大学ではコミュニケーション・イン・アート・マーケティングというのを学びました。アートをどうやって広めていくかを考える学科です。
パリに行ったのは、1800年代の半ばのパリ万博で日本の文化、ジャポニズムがヨーロッパに広められたということにすごく興味を持ったんです。
初めてパリに行った時、びっくりしたんですよ。日本の文化がなんでこんなに入ってるんだって思って、食もたくさんの種類がある。なんでイタリアはいまだに寿司と刺身だけなんだ!って。

SHOP ITALIA イタリアは自国の料理が美味しいから、他国の料理はあまりないですよね。で、パリでは何をやっていたのですか?
Sara Waka パリではカルチャー・メディエーションを学びました。それもミラノの大学同様に、どうやって文化を広めるか、という学問ですね。

アートとコミュニケーションをベースにパケットで

SHOP ITALIA それらの学びがWakapediaにつながっているのですか?
Sara Waka コミュニュケーションが日本とヨーロッパではすごく違うと感じていたんですね。だからそこをうまく繋げられたらいいなっていうのが夢で、Wakapediaを始めた時には、有名人のインタビューをして四ヶ国語で書くっていうのを始めました。そこから日本のマガジンとかが興味を持ってくれて、うちにも書いてとか、イタリアのマガジンでも言われて、特にファッション雑誌が多いです。

wakapedia内のSaraWakaのプロフィール。

Wakapediaでインタビューしたクリスチャン・ルブタンやイタリアの人気歌手兼女優アリーザなど有名人が多数。
Sara Waka 元々はクリエイティブがすごく好きで、クリエイティブ・エージェンシーでも仕事をしていましたし、自分でアートディレクションやクリエイティブ・ディレクションもできます。さらに記事も書けますし、コーディネーターもできます、全部できます、っていう感じでパケットで活動することも多いです。


wakapedia内のSaraWakaのプロフィール。

SHOP ITALIA Wakapediaはいつできたのですか?
Sara Waka 2013年です。
SHOP ITALIA Wakapediaを核として他の仕事をやっているという形ですか?
Sara Waka 自分が出ている仕事はSara Wakaでやっているんですけれども、それ以外の仕事は全部Wakapediaでやっています。
SHOP ITALIA Wakapediaはチームですか?
Sara Waka 全部で6人います。メインは私とあとパリに住んでいる日本人のYoka Miyano。あとはパリに2人いてFederica ForteとCamille Brunet、ミラノにもう一人Giulia Bison、ペルーにYurie.Nという構成です。ほとんどの仕事がパソコンがあればできるので距離は関係ないんです。

SHOP ITALIA クライアントはどういう人になるんですか?
Sara Waka Wakapediaをはじめて最初の仕事はマガジンで、ロフィシャル・フランスとエル・ジャポンでした。2018年には任天堂イタリアから仕事がきました。Nintendo SWITCH(スイッチ)を出すタイミングで、ソーシャルメディア用のCMを作ってくれっと依頼が入りました。
日本のテイストを入れて企画書を出したんですね。当初はディレクションだけの予定だったのですが、自分も出演することになっちゃって(笑)。

SHOP ITALIA 日本にもクライアントがいるんですか?
Sara Waka 最近はANTEPRIMA(アンテプリマ)のワイヤーバッグのカタログを手掛けたりしました。
SHOP ITALIA カタログ制作にあたり、どのようなことを行ったのですか?
Sara Waka ワイヤーバッグというロングセラーに新鮮な印象を与えることが命題でした。年齢を問わず、誰にでもこのバッグの可愛さを伝えたい、と考えました。もちろん、我々の強みはイタリアにいることなので、それが感じられるディレクションを行いました。日本の可愛いとイタリアの可愛いはちょっと違うんですね。でもその二つのテイストをツイストする、というのが自分の持ち味なんじゃないかなって思っています。

SHOP ITALIA 自分のためだけの作品を作ったりもするんですか?
Sara waka 実はやっているんですけれどまだ発表するまでではなく、2020年は自分のものを作りたいと考えています。
Wakapediaも自分で作ったベイビーなんですけれど、わかりやすいものをもっと作って発信したいなっていうのがこれからの目標になるんじゃないかなと感じています。

後編に続く

Sara Wakaさんのオンラインでの活躍はこちら
Wakapedia
Instagram

任天堂イタリアからの依頼でWakapediaが制作したCM。

アンテプリマのワイヤーバッグの2018-2019秋冬カタログ

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WRITER PROFILE
荻山尚
荻山尚

SHOP ITALIA編集長。ENGINEやCAR MAGAZINEなどの自動車雑誌編集者を経て、LEON副編集長、SENSE編集長を務めるなどファッションへの造詣も深い1972年生まれ。ピッティ・ウォモやミラノのコレクション、国際試乗会などイタリア取材の経験も豊富。

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