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ART & DESIGN 24 Jun 2019

フィレンツェで開催された写真展が大盛況の鋤田正義氏に訊く。デヴィッド・ボウイを撮り続けた訳とは?

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フィレンツェでは3万人の来場者を数え、サイン会には長蛇の列

デヴィッド・ボウイを40年に渡って撮影してきた世界的カメラマン、鋤田正義さんの写真展「“Heroes – Bowie by Sukita” 」が6月28日までフィレンツェの観光名所のひとつ、メディチ・リッカルディ宮殿で開かれています。

オープニングイベントではフィレンツェのナルデッラ市長もかけつけ、5月末までに3万人以上の来場者が訪れるほどフィレンツェで話題をとなっているこの写真展には1972年から2004年まで鋤田氏が撮影してきたデヴィッド・ボウイの写真が約90点が紹介されています。

鋤田さんにサインを求める行列

5月25日〜27日には鋤田さんが写真展会場を訪れ、写真集のサイン会と講演会が開かれました。サイン会には約200人が列をなし、鋤田さんはいつもサイン用に使用している自前のペンで一冊一冊丁寧にサイン。

ひとつひとつ丁寧にサインする鋤田さん

その様子に写真展とイベントを主催しているOEO Firenzeのジェネラルマネージャ、ダヴィデ・ディ・マッジョ氏がが感激し、「これまでサイン会を何度か開きましたが、鋤田氏ほどひとつひとつ丁寧にサインする人には出会ったことがない。その姿勢にとても感銘を受けました。」と話していました。

写真展&イベント主催OEO Firenzeのダヴィデさんに応じてサインする鋤田さん

イタリア人たちから大歓迎を受けた鋤田さんにフィレンツェでインタビューを行い、さらにフィレンツェの街案内も務めさせて頂きました。

-フィレンツェの写真展での講演会並びにサイン会の印象はどうでしたか。

来場のみなさんが、私の作品や私自身にとても好意的だと感じました。

-1972年に初めてデヴィッド・ボウイのコンサートを見た時、どんな気持ちがしましたか。

ボウイには予備知識が全くなく、日本ではわりと情報があったT.Rexの撮影をしたいと思ってロンドンに行ったところ、デヴィッド・ボウイのポスターを見てコンサートに行きました。後で知ったことですがボウイはリンゼイ・ケンプからパントマイムを学んでいたから、身のこなしが素晴らしく、体が柔らかいと思いました。歌だけでなく体でも表現ができる人だと感じ、その姿を写真に納めたいという思いが沸き起こりました。

Ziggy Stardust の”Watch That Man”1973年撮影

-写真展のポスターにもなっている真っ赤な背景が印象的なZiggy Stardust の”Watch That Man”。誰がドレスを選び、赤い背景は誰のアイデアだったのでしょうか。

黒い衣装をよく着るので、黒とのコントラストが際立ち派手に見えるよう、僕が赤い背景を自分で考えました。ある種のファッション性も表現したかった。1971年にロンドンでファッションショーを開いて成功した山本寛斎の衣装がいいんじゃなかと、親交のあったスタイリストの高橋靖子からアドバイスをもらいNYに山本寛斎の衣装を持っていって撮影しました。

イギーポップとデヴィッド・ボウイ。1977年撮影
-「Heroes」のための撮影は一転してモノトーン写真で撮影場所は京都ですが、その時の撮影について聞かせてください。

世界デビューから5年ぐらい経過していた頃の1977年、ボウイとイギー・ポップが同時に京都に来ていて、急遽ボウイとイギーを1時間づつ撮影することになしました。突然だったのでスタジオもなく、狭い場所での撮影になったですが、イギーが横にいるからボウイもすごくエキサイティングな状態で、もともと自分から表現するのが好きでうまい人だったからカメラの前でいろいろやってくれた。過去にも先にもあれだけ僕のカメラの前でいろいろやってくれる人はなかったから、最高の撮影になりました。

1977年撮影

普段ボウイはファッションにこだわりそうなタイプなのに、その時は革ジャン3枚しか持ってなくて衣装はそれだけ。当時はパンク全盛期で革ジャンはパンクジェネレーションの制服みたいなものだったから、ロンドンに対してのメッセージなんだなと直感的に感じました。その時は綺麗な撮影ではなく、乱暴な撮影をしようと思ってね。モノトーンでパンクシーンを感じるような撮影を心がけました。赤い背景の写真撮影とは全く異なった撮影になり、ボウイの「成功にこだわらず貪欲にスタイルを変えていこう」という姿勢を感じる撮影になりました。

-1980年の京都の日常の中での撮影について。

京都ではボウイが自らレンタカーを借りて僕を乗せてくれました。驚いたのはボウイはかなり京都に詳しくて、逆に案内をしてもらうことになったんです。僕のアイデアも交えながら、観光的なところではなく京都の人も行くような日常生活を感じる小さいお店などをあえて撮影場所に選びましだ。当時来日する外国人ミュージシャンたちは真っ赤な鳥居などを選んで撮影していましたが、僕はそれは典型的すぎていやでした。彼は京都をよく知ってるし、京都を愛しているから京都の人達が行くような庶民的なところや、電車に乗って日常生活に溶け込んでいるような撮影をあえて試みました。

阪急電車の乗るデビッド・ボウイ、1980年撮影

-これまでどのようなことを意識して撮影されてきたのでしょうか。

サブカルチャーを大切にして今日まで意識してやってきました。ミュージシャンとしてのボウイを撮影してきたけど、音楽だけにとどまることなく、そもそもは若い世代や時代を撮影したかったんです。だからアンディ・ウォーホルも撮りに行きましたし。アートも好きですし。サブカルチャーを常に意識していました。日本には当時サブカルチャーの情報が無かったので、自分から求めて情報を取りにいって、そういう人達に会って。ファッションも取り入れたいしデザインも取り入れたいし、グラフィックデザインも嫌いじゃないし。やりたいことはやってきなあと思います。

フィレンツェでのたった一日のオフにはウフィツィ美術館を鑑賞

これまで鋤田さんはイタリアを何度も訪れており、フィレンツェでの開催は初めてですが、これまでボローニャ、ラ・スペツィア、バーリなどでも写真展を開いてきました。

昼食にはフィレンツェ名物「パッパ・アルポモドーロ」を堪能。フィレンツェでのたった一日のオフにはボッティチェリの名画「ヴィーナスの誕生」を実際に見てみたいとの希望から、ウフィツィ美術館を鑑賞されました。

ウフィツィ美術館を訪れた鋤田さん

-ウフィツィ美術館を訪れましたがどんな感想を持たれましたか。

まず作品の量に圧倒され、イタリアの方々が芸術・歴史を大切にしている心が伝わりました。

-何度も訪れているというイタリアですが、鋤田さんにとってどんな国でしょうか。

あらゆる芸術の宝庫で、訪れるたびに歴史・時間の深さに驚かされます。

-2日間に渡り貴重なお話をありがとうございました。

デビッド・ボウイだけでなく世界中のアーティストを撮影し続け、81歳の現在も精力的に世界中で写真展を開いている鋤田正義さん。日本が誇る世界的カメラマンの写真展は6月28日まで開催中です。

鋤田正義 Masayoshi Sukita
1938年福岡県直方生まれ。日本写真専門学校卒業後、棚橋紫水氏に師事。広告代理店大広を経て1965年に上京、デルタモンドに入社。主にメンズ・ファッションの仕事に従事。1960年代にAPA、ADCなどを受賞。デヴィッド・ボウイ写真集『氣』(TOKYO FM出版)、『T.Rex 1972 Sukita』(カラーフィールド)、『YELLOW MAGIC ORCHESTRA × SUKITA』(TOKYO FM出版)、『SOUL忌野清志郎』(集英社)など数多くの作品集がある。

“Heroes – Bowie by Sukita”
会期:2019年3月30日(土)-6月28日(金)9時-19時
休館日:水曜日
会場:Palazzo Medici Riccardi(Via Cavour 1, Firenze)
https://www.oeoart.com/

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WRITER PROFILE
小林 真子 Mako Kobayashi
小林 真子 Mako Kobayashi

フィレンツェ在住。元静岡朝日テレビ報道記者。2012年よりフィレンツェ在局FMラジオ番組レギュラー出演。イタリアの労働ビザを取得し、イタリア製アイテムのオンラインショップ「AmicaMako(アミーカ・マコ)」を経営。2013年、イタリアのテレビ局SKYのドキュメンタリー番組に出演。「週刊新潮」「宅ふぁいる便」等でイタリア関連の記事やコラムを執筆。 AmicaMako https://www.facebook.com/amicamako/ https://www.blog.amicamako.com/ https://www.instagram.com/amicamako/

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