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ART & DESIGN 05 Jun 2019

イタリア人の愛する、「金の青」と呼ばれた色の秘密~ホソバタイセイの物語~

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青という色は、イタリアの歴史の中でも大変重要で貴重な色として大切にされてきました。
インドから安価に輸入されるインディゴや、産業革命によって生まれた化学顔料の青によって生産が激減するまで、イタリアにはグァード(Guado)と呼ばれるホソバタイセイ(Isatis tinctoria L.)という染色植物が盛んに栽培されていました。数多くのフレスコ画や染色作品に残されているその淡くも深い青は、中世からルネッサンスの時代にかけて重宝され、高貴な色として産業を生み出します。
今日は多くの衣装や歴史に残る絵画を生み出して来たブルー、グァード(ホソバタイセイ)にまつわる物語と魅力についてお話したいと思います。

青という色が貴族の生活に出現する1200年代

青という色が高貴なものと解釈されたのは中世以降とされます。

色というものはどの国でも地位や役職を現すシンボルですが、イタリアにおける色の歴史はやはりローマ帝国時代の教皇が身に纏っていた赤いマントから始まると言ってもいいでしょう。この時代はまだ青に対する美意識はあまりなく、赤が一番貴重な色として扱われていました。赤はロッビア(Robbia tinctoria L.)と呼ばれるアカネから抽出されており、その耐性と鮮やかな美しい色は最高地位にある人間にふさわしい色とされていました。反対に庶民はタンニンを多く含む若いクルミの実の皮やスモークツリーなどを染色に使い、茶色やベージュ、淡い黄色といった比較的地味な色を身につけていることが多かったようです。

ホソバタイセイの若葉。1年目の葉のみを顔料とします。

中世に入り、騎士や貴族といった階級の出現により美意識にも新しい価値観が生まれ、青は最も貴重な色の1つとなりました。ホソバタイセイは一年目に青葉を、二年目に花を付けますが、一年目の青葉のものが染色用に利用されます。もとは野性のハーブとしてイタリア中部のアペニン山脈沿いの地域に多く生育していますが、需要が多くなるにつれて栽培が進むようになり、ルネッサンス時代には主要輸出品の1つとして大きな産業を生み出します。

抽出技術は修道院のトップシークレット
さて、染色のほかにも青の顔料は絵画の世界でもとても珍重されていました。中世に入り、フレスコによる宗教画や書物の装飾に多用されていた顔料の抽出技術というものは、書物を解読することができる知識があり、さまざまな技術を熟知していた修道院での修道士のミッションでもありました。ルネッサンスに入り、絵画の材料である顔料の抽出技術が広まり、各画家の工房で配合されるようになるまで、顔料の製法というものは本当に一握りの人間しか知ることが出来ない極秘の情報だったそうです。
画材屋に行けば絵の具がすぐに手に入る現在の私たちの感覚からはとても遠い、一握りの顔料を作るため、色の美を生み出すための魔術にも似た複雑な工程です。

菜の花にも見えるホソバタイセイの2年目の花。葉に特徴があるので見分けがつきます。
野に生えている植物から絵画に使われる顔料を抽出する……それは錬金術の1つとも言えるような存在であったに違いありません。

“金の青”と呼ばれたホソバタイセイ
ルネッサンス期に入り、ホソバタイセイの栽培、輸出は全盛期を迎えます。貴族や皇族のみに許されていた色となった青は、巨大な富、いわゆる金を生み出す色であることから、「金の青」といつしか呼ばれるようになります。イタリア中部では、ウンブリア州、マルケ州を中心としたアペニン山脈地帯、とくにウルビーノ近郊のモンテフェルトロと呼ばれる領地では、石臼ですりつぶしたホソバタイセイの葉を丸く球状にして乾燥させた、クッカーニャと呼ばれる藍玉が大量に生産され、輸出されていたという文献から豊かな産業があったことが分かっています。

モンテフェルトロ領ラモリ村にある天然色資料館で見られる資料より。藍玉の様子もうかがえます。
ホソバタイセイをすりつぶしていた石臼がこのモンテフェルトロ領で40箇所近くの場所から出土されていますが、当時の生産量の高さを物語るとともに、唯一残された藍玉の製造器具として見ることができる貴重な資料でもあり、この文化の火を消すことなく伝承しようと現地では天然顔料の抽出を学ぶワークショップや、染色植物栽培農家によるホソバタイセイの栽培が行われるようになってきました。

当時のホソバタイセイの栽培と加工に関する解説図。

ルネッサンス絵画と青の顔料
それではどのような作品にホソバタイセイは使われていたのでしょうか。
モンテフェルトロ領で見られるゴシック後期からルネッサンス期のいくつかの絵画の中にホソバタイセイの青を見つけてみましょう。

サリンべー二兄弟による”聖ヨハネの生涯”ゴシック後期の一連のフレスコ画が素晴らしい。
こちらはマルケ州の世界遺産の町、ウルビーノにあるサン・ジョバンニ祈祷堂内にあるフレスコ画です。聖ヨハネの生涯が部屋全体に描かれた秀作で、サリンベー二兄弟の筆によるもの。幾種類もの美しいホソバタイセイのブルーのトーンの魅力が余すところ無く使われている、素晴らしいフレスコ画です。

聖母子像の柔らかいタッチに深みのある青がとても調和しています。
壁画のデイテイールである聖母子像。深く複雑な青はラピスラズリのような絢爛な華やかさはありませんが、それゆえに落ち着きのあるとても魅力的な色使いが感じられます。

そしてルネッサンスを代表する画家の1人である、ピエロ・デッラ・フランチェスカの描いた“出産の聖母”。サンセポルクロというトスカーナの街で生まれた画家ですが、彼の母親の出身地と言われているモンテルキという小さな村のミュージアムで、この彼の傑作を観ることができます。

“出産の聖母”はピエロの代表的な作品と言える圧倒的な美しさ。
この画家の父親は裕福な藍玉の商人だったことでも有名で、ブルーという色に対するこの画家のこだわりはそんな父親の影響も受けているのかも知れません。聖母の纏う青いドレスの深遠な美しさは、モンテルキという小さな村を訪れ、ぜひ皆さんの目で確かめていただきたいものです。

このように、青という1つの色が歴史を作ってきた、とも言える美術の歴史のキーワードの1つでもあるホソバタイセイ。

日本の藍染や日本画の顔料がそうであるように、この“金の青”も、長い歴史を経てイタリアの歴史の中に脈々と伝わってきたということを心に留めてこの時代の作品を鑑賞することで、もっともっと深い青の魅力に引き込まれていくかも知れませんよ。

ラモリ村の天然色資料館(Museo dei colori naturali di Lamoli)
住所:Via dell’Abbazia, 7, 61040 Borgo pace (PU) italy
電話:(+39)0722 80133
www.oasisanbenedetto.it

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WRITER PROFILE
林由紀子
林由紀子

マルケ州、ウルビーノ近郊のカーイ(Cagli)在住。1999年渡伊、ファエンツァの国立美術陶芸学校の陶彫刻科を卒業後、現代美術アーティストBertozzi&Casoniのもとでアシスタントとして12年に渡ってコラボする。2003年にマルケ在住のイタリア人と結婚したのをきっかけに、マルケ州の郷土料理や工芸、美術文化に強く惹かれ、自らも陶芸家として活動する中、ウルビーノを中心とするマルケ北部や県境近郊の食文化、美術工芸文化を発信する(ラファエロの丘から)を立ち上げ、現地アテンドや料理教室、工芸体験などのオーガナイスや、ウルビーノを紹介する記事などを執筆。http://www.collinediraffaello.it/

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