Wakapedia × Shop Italia スペシャルコラボレーション 特設ページはこちら
EDITOR'S PICK
ART & DESIGN 29 Jan 2020

ミラノ王宮(Palazzo Reale)で開催された「レティッツィア・バッタリア(Letizia Battaglia)」の300点の写真に魅了される

SHARE

イタリアを代表する女性フォトジャーナリスト「レティツィア・バッタリア」

イタリア人写真家といえば、フェレディナンド・シェーナ、パオロ・グレギーニ、ジャンニ・ベレンゴ・ガルディンなどが有名ですが、レティッツィア・バッタリア(Letizia Battaglia)も彼らに並ぶイタリアを代表する数少ない女性写真家として、写真の歴史を語る上では欠かせない人物の一人です。イタリアに来た時から「いつか彼女の実物の写真をこの目で観たい」と思っていたのですが、ついにその待望の機会が訪れました。

レティツィア・バッタリアの作品

今回ミラノで開催されたレティッツィア・バッタリアの写真展は、ミラノのドォーモ広場の右手にあるパラッツォ・レアーレ(Palazzo Reale)で昨年の12月5日から1月19日まで開催されました。日本語では「ミラノ王宮」とも訳されることが多いこのパラッツォ・レアーレは、13世紀に建てられ、1805年にナポレオンの支配下となった際には宮殿として利用されていましたが、時を経て1929年からは美術館として本格的に運用されるようになりました。

7,000㎡の敷地には、大きく4つの展示室があり、随時、世界的に有名なアート作品の展示会が開催されていてミラネーゼはもちろんのこと世界中の観光客なども多く訪れる美術館です。現在は3月1日までグーゲンハイム美術館貯蔵のピカソとゴッホの美術展、2月23日まではヴァンククリーフ&アペールのジュエリーの展示会など、話題の作品を鑑賞できます。

パラッツォ・レアーレで開催された「STORIE DI STRADA – Letizia Battaglia」

週末に足を運んだ当日は、パラッツォ・レアーレの外にドォーモへ入場する人の列よりも長い長蛇の列ができていて、会場内に入ることができたのは、並び初めてから約1時間後。彼女の知名度の高さはもちろん知っていたのですが、これほどまでに多くの人が写真展に訪れるという彼女の人気度の高さに驚きました。今回のこのパラッツォ・レアーレで開催されたレティッツィア・バッタリアの写真展は「STORIE DI STRADA(Street Stories)」というタイトルが付けられていて、これまでの彼女のアーカイブから約300点が展示されました。

レティツィア・バッタリアの作品

レティッツィア・バッタリアは1935年にシチリアのパレルモで生まれ、36歳の時に本格的にフォトジャーナリストとして活動を始めた人物です。その後、パレルモの新聞社「L’Oro」、ミラノの新聞社「Il Giorno」や「Corriere」などにフリーランスとして写真を提供しフォトジャーナリストとしての経験と認知度を高めることになります。彼女を最も有名にしたのは、1980年のピエールサンティ・マタレッラ(Piersanti Mattarella)の暗殺事件の一枚の写真でした。

ピエールサンティ・マタレッラは、当時シチリア県知事の任期中で、地域行政の近代化や犯罪組織との繋がりを断絶することに力を注いでいて、シチリアの改革の立役者でした。ある日ピエールサンティ・マタレッラがパレルモ市内でミサに向かう途中、家族の目の前でコーザノストラ(マフィア)によって射殺後の一部始終を捉えたのが、偶然その場所に居合わせたレティッツィア・バッタリアでした。

マフィアのヒットマンに射殺され間もないピエールサンティ・マタレッラ, 1980 ®︎ Letizia Battaglia マフィアのヒットマンに射殺され間もないピエールサンティ・マタレッラ, 1980 ®︎ Letizia Battaglia

パレルモの現実社会を世界に伝えた彼女の作品

ピエールサンティ・マタレッラの暗殺事件などのマフィアの射殺事件、性別に関わらず子供から老人に至るパレルモの街の人々の生活を彼女の長いキャリアの中で多くカメラに納めてきました。彼女の写真には70年代後半から80年代後半のパレルモの生活には生と死が身近なものだったという現実が映し出されています。

レティツィア・バッタリアの作品

La mafia é ancora qua, nascosta, anzi visibile ma non condannabile perché dicfficile- lo sai, si- si fannno pure eleggere. Non solo a Palermo, non solo in Sicilia, nel Sud come nel Nord. Non so su che cosa dovrei sperare, però non sono credente. Credo nell’archivio di quello che ho raccontato. E anche quest’altro punto interrogativeo: che cosa succeederá di tutto questo archivio, di tutto questo impegno, che cosa ne sarà di quando non ci sarò più? Non lo vorrà nessuno. Per noi photographi che abbiamo tanto documentato l’italia é importante. Non sapiamo che potrà curare questo materiale, divulgarlo.

マフィアはまだここにいるわ。隠れてる、いやむしろ見えているけど有罪にはならない、わかるわよね、彼らは選挙で選ばれるようにうまくやるから。パレルモだけではなく、シチリアだけではなく、北も南も。
何に希望を持てば良いのわからないけど、私は信条はもたないの。もちろん、作品の中で表現したものには確信を得ているわ。そこで、疑問に思うの、これまでの全ての作品、これまでの努力は、私がいなくなったらどうなるかって。だれもそれを望んでいないけど。
このことは、膨大な数のイタリアのドキュメンタリー写真を撮影した写真家にとって重要なことなの。誰がこれらの素材を扱い、他の人々に伝えてくれるかはわからないから。

そんな彼女のパレルモの現実を撮影したドキュメンタリー写真は、1985年には数々の世界的写真家を輩出したニューヨークのユージン・スミス賞をヨーロッパ初の女性写真家として受賞したことでも有名です。さらには、これまでの彼女のフォトジャーナリストとしての功績を称え、1999年にマザー・ジョーンズ賞、2009年のコーネル・キャパインフィニティー賞などを受賞しています。

レティツィア・バッタリアの作品

写真家として成功を収めた彼女は、80年代後半から90年代前半にパレルモの市議会議員として、実践的に地域へ貢献し、2000年以降は、女性の美しさに魅了され、様々な女性のポートレイトの作品を撮影しています。そして、2017年には彼女の夢の一つだった、写真学校「Centro Internazionale di fotografia」をパレルモに設立し、学校内やイタリア国内の様々な地域でワークショップなどを開催し、写真家の育成に精力的に取り組んでいます。

言葉と写真という作品で伝える彼女にとっての「写真」

このレティッツィア・バッタリアの写真展「Storie di Strada」で特に印象的だったのは、写真と合わせて書かれた彼女の言葉の数々でした。展示された写真に彼女のメッセージがプラスされることで、彼女の個性がより鮮明に見えてきたように感じました。

レティツィア・バッタリアの作品

La fotografa l’ho vissuto come documento, come interpretazione e come altro ancora….

私が生きてきた“写真家”って、身分証明とか、解説してくれるもののような、他にもいろいろ…

撮影後に仕上がりを確認でき、処理が簡単になったデジタルカメラでの撮影が当たり前になった今日、70年代から90年代に街中で瞬間を捉える、そのエネルギー。カメラは写真を撮影するツールでしかないものの、コンマ1秒で撮影する際の1枚の写真に込められる何かがアナログカメラとデジタルカメラでは違うように思います。でも、レティッツィアはデジタルカメラの撮影に関してこのように話しています。

Non conta la macchina che usi: contano il fuoco, la profondita di campo. Non ho mai capito niente delle macchine fotografiche… Da un decina d’anni sono Passato al digitale, ma il principio vale sempre:I resultati non dipendono dall’attrezzatura, ma da testa, cuore, cervello.

撮影する機材は関係ないわ。フォーカスや画角の中の奥行きが大切なの。カメラに関しては全然理解していないもの。10年前からデジタルカメラに移行したけれど、基本は変わらない。映し出されたものに機材は関係ないの、頭と心と脳よ。

レティツィア・バッタリアの作品

レティッツィア・バッタリアのドキュメンタリー映画「Letizia Battaglia – Shooting the Mafia」が昨年のアメリカ・サンダンス映画祭で上映され話題となり、今年の3月にはイタリア国内での上映が予定されています。この映画の上映を機に、今年の3月に85歳を迎える彼女のこれまでの生き様を知る機会がさらに増えそうで、楽しみです。彼女の写真展に行き、こうして彼女の写真や言葉からいろいろと学び感じることができ、大学の頃に写真家を目指した頃の自分に少し戻ったきがしました。

Io sono una persona, non sono una fotografa. Sono una persona che fotografa.

私は一人の人間で、写真家ではありません。撮影をする一人の人間です。
-Letizia Battaglia

[ 引用文献 ] F. Alfano Miglietti  Letizia Battaglia. Fotografia come scelta di vita. Venezia:Marsilio. 4 aprile, 2019

この記事を読んでいる人にオススメの記事はこちら
フィレンツェで開催された写真展が大盛況の鋤田正義氏に訊く。デヴィッド・ボウイを撮り続けた訳とは?
ピレリ・ハンガービコッカの「… the Illuminating Gas」でアートを感じる
労働者のユートピア、ベルガモの世界遺産「クレスピ・ダッダ」を散策する初秋の一日

イタリアの情報が満載のメールマガジン登録はこちらをクリック

WRITER PROFILE
Manami Palmieri
Manami Palmieri

イタリアのミラノ在住、フォトグラファー兼ライター。アメリカの大学にて芸術学部を卒業後、日本の一部上場企業に就職しアートディレクターとして活躍。国内外で写真展を開催するなど、アーティストとしての幅を広げ、2016年に渡伊。結婚を機にイタリアに移住。現在は、写真と文字でファッションやアートを中心としたグローバルな最新情報を発信中。

PR

山崎貴監督インタビュー : 最新作『ルパン三世 THE FIRST』への思いを語る Vol.01

fiat magazine CIAO!
PR

イタリア人を笑顔にする車、チンクエチェント・ヴィンテージ|FIATオーナー紹介

fiat magazine CIAO!
PR

モードとアバルトの美しき共通項 ピッティ・イマージネ・ウオモ95 現地リポート

ABARTH Scorpion Magazine
PR

サソリ160匹、ワイナリーに放たれる —これが本場イタリア式オーナーズ・ミーティングだー

ABARTH Scorpion Magazine
PR

FIATオリジナルジェラートを、シンチェリータで召しあがれ

fiat magazine CIAO!
PR

言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」

Mondo Alfa