ポルトローナ・フラウ 大城健作 インテリア イタリア デザイン
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ART & DESIGN 20 Oct 2018

【対談】 ミラノで活躍する日本人デザイナー、オリジナリティあふれる作品にこめた熱い思い。ゲスト:大城健作 (デザイナー)

濱口 重乃 Sigenori Hamaguchi
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イタリアのデザイン(ファッション、インテリア、プロダクト)や文化に精通するゲストとの対談連載「シゲノリ・サローネ」。ホスト役をつとめてくださるのは、エディターの濱口重乃さん。

大城健作
デザイナーの大城健作さん(左)と、エディターの濱口重乃さん。ポルトローナ・フラウ東京青山にて。

今回のゲストは、イタリア・ミラノを拠点に大活躍のデザイナー、大城健作さん。『エル・デコ』編集長のときから、いち早く大城さんの才能に注目していた濱口さんと、夏休みで帰国中の大城さんのトークは、飲み友達ということもあって、リラックスした楽しい雰囲気。大城さんの作品も展示されているポルトローナ・フラウ東京青山のショップでお話をうかがいました(前口上:Webマガジン「SHOP ITALIA」編集長 平林享子)。

デザイン界で注目を集める大城健作さん、その素顔とは

大城健作Kensaku Oshiro「レプリ(LEPLI)」 2016 オットマン Poltrona Frau

濱口:最初に会ったのは、大城さんがロンドンのバーバー&オズガビーの事務所にいるときでしたね。エドワード・バーバーが来日したときに大城さんも帰国されて。2014年だったかな。

大城:その後、2016年に、濱口さんからメールをもらったんです。『エル・デコ』日本版のヤング・デザイン・タレントに選んでいただいて。

濱口:「エル・デコ・インターナショナル・デザイン・アウォード (EDIDA)」というのがあって、世界各国の『エル・デコ』編集長がその年に最も秀でたデザイナーや作品を、13カテゴリーを対象に推薦して、最終的にミラノ・デザイン・ウィークで各部門の最優秀賞を選ぶんですが、日本版はヤング・デザイン・タレントという部門のグランプリに、大城さんをノミネートさせていただいたんです。

参照記事:イタリア大使館とエル3誌がタッグを組み、日伊国交樹立150周年をお祝い

大城:独立してまもなくて不安や心配事が多い時期だったので、濱口さんからヤング・デザイン・タレントに選んでいただいたことは、すごくうれしかったんです。

濱口:イタリア大使公邸での授賞式のために帰国してくれたんですよね。パーティの後、二次会、三次会で飲みながら、デザインについていろんな話をして。

大城:一緒にデザイン界を盛り上げていこうみたいな、熱い話をしましたね(笑)。それ以来、僕が夏と冬の年2回、日本に帰ってくるたびに飲み会をして情報交換をしたり。

濱口:大城さんは、すごいデザイナーなんですよ。ピエロ・リッソーニとバーバー&オズガビーという巨匠のところで経験を積んで、満を持して独立したと思ったら、すぐにポルトローナ・フラウの仕事もするし、海外を拠点とする若手~中堅の日本人デザイナーとしては前例がないぐらいのめざましい活躍をなさっていて。

大城:下積み時代が長かったですからね。師匠たちの下でずっともがいていました(笑)。 

ポルトローナ・フラウだからこそ実現できた新作チェア

大城健作Kensaku Oshiro「アラベスク(ARABESQUE)」 2018 アームチェア Poltrona Frau

濱口:今年(2018年)4月のミラノ・サローネで、ポルトローナ・フラウから発表した新作「アラベスク」はほんとに傑作ですね。デザインもすばらしいし、座り心地もよくて。ポルトローナ・フラウのような名門ブランドで、並みいるライバルがいる中で仕事をするには、自分の立ち位置をどうするかとか、戦略的に考えました?

大城:そうですね。ポルトローナ・フラウで最初に仕事をしたのは、2016年の「レプリ」なんですが、まずポルトローナ・フラウの歴史を勉強しました。ブランドのオリジナリティをつかむことが大事だと思ったんです。ポルトローナ・フラウの昔の広告ポスターを見ていると、女性が綺麗なドレスを着て、ソファで寛いでいるエレガントなイメージが象徴的だったので、女性のドレス姿からインスパイアされたエレガントなものをつくろうとコンセプトを決めました。ポルトローナ・フラウらしい商品、というのを僕なりに考えて提案したのが「レプリ」なんです。

濱口:ブランドに「あなたの本来の姿はこうですよ」と覚醒を促すデザインなわけですね。

大城:イタリアには、いろんなインテリアのブランドがあって、それぞれに個性や魅力があるんですが、近年ではありとあらゆるデザインが出尽くして飽和状態になり多様性が失われつつあります。もう一度各ブランドが自身のアイデンティティの「筋を通す」ようなことが必要なんじゃないかと、生意気なんですが、考えたんですね。

濱口:今回の「アラベスク」については?

大城健作2018年のミラノ・サローネで発表した新作チェア「アラベスク」。

大城:ポルトローナ・フラウのほうで打ち出したテーマが「軽さ(物理的な軽さ)」だったので、「軽さ」というテーマでの「美」というものを深く、そして広げて考え始めたんですが、あるときからバレエダンサーの美しい動きやポーズが気になり始めたんです。そこからイメージして彼らのブランドイメージでもある重厚感のあるソファのまわりにちょこっと置けるような軽くて美しいもの、軽快なものを考えました。そんな中、バレエの世界でも特徴的なアラベスクというポーズに着想を得ました。アラベスクというポーズがなぜ美しいかというと、バレリーナが片脚で立ってポーズをとっているときの緊張感のあるバランスが美しいと感じるわけで、それをチェアで表現したいと思いました。一瞬の表現の中にも日頃の鍛錬の成果がそこにはある、そんな美意識を表現できたらと。

濱口:フォルムの美しさはもちろん、構造にもビックリしました。

大城健作Kensaku Oshiro「アラベスク(ARABESQUE)」 2018 アームチェア Poltrona Frau

大城:構造から新しいものをつくりたかったんです。椅子の場合、構造はその椅子の特徴を決定づける要素でもあるので、ふつうの4本脚の構造から発展させるのではなく、構造も含めて一旦ゼロから考えてみよう、と思ったんです。 また他のメーカーには簡単にはできないポルトローナ・フラウならではの生産方法や職人技術を最大限に引き出したかったので、金型を使用したモールドウレタンで背と座のパーツを成型する案を提案しました。金型で成型することでデザインの細部にまでこだわった形をつくりこむことが可能になります。その精密に成型されたパーツに合わせて熟練の職人が手仕事で革を張りこんで行く、そうすることによってさらに職人の技が活かされる。「アラベスク」はそんな精度のある生産技術と高い職人技術が融合することで生まれたプロダクトなんです。

濱口:すごく座り心地がいいんですよ。最近の消費者は、目に見えない部分の「本質」や「ストーリー」を含めて「本物」を求めているので、いかに高度な技術でこのチェアがつくられているか、ちゃんと感じ取ってると思います。

大城:デザイナーの「これがいいと思う!」っていうバイブレーションが作品にこもってないと、面白いものってできないですからね。

濱口:大城さんの作品には、つくり手の思いが暑苦しいほど詰まってる(笑)。思いがあふれ出ていて、それに圧倒されます。

ロンドンに行ったことで成長できた

大城健作Kensaku Oshiro「ブリックス(BRIX)」 2012 アームチェア Viccarbe

濱口:そもそもイタリアに行こうと思ったのは、どうしてだったの?

大城:それについてはロング・バージョンとショート・バージョンがあるんですけど、今日はショート・バージョンにしますね(笑)。ぼくは大阪で育ったんですが、幼なじみのお父さんが建築デザイン事務所をやってたんです。映画『ニュー・シネマ・パラダイス』に出てくる映写技師のおじいちゃんと映画館に入り浸る子どもみたいな感じで、その事務所にずっと入り浸ってました。夕方になると、仕事を終えたお父さんが晩酌をしながら、ぼくらを相手にいろんな話をしてくれたんです。文化や教育についてとか、社会とデザインを繋げて考えることの大切さとか。イタリアのデザインが大好きな人で、その影響でイタリアでデザインを学ぶことに決めたんです。

濱口:それは何歳のとき?

大城:高校に入る頃には、卒業したらイタリアへ行くって決めてました。ただ、うちの親はなかなか許してくれなくて…。そういう葛藤をのりこえて留学したので、「これは絶対に成功するまで、日本に帰られへんぞ」と。

濱口:イタリアのデザイン学校はどうでした? 

大城:学校の成績はあまりよくなかったんです。言葉の問題もあったし、先生とあまり相性が合わなかったし。ものづくりが早くしたかったので、当時はまだミラノにたくさんあった町工場をあちこち回って、職人さんの仕事をそばで見せてもらったりしていました。1999年に「フォーリ・サローネ」(世界最大の家具見本市「ミラノ・サローネ」の期間中、ロー・フィエラ本会場以外のミラノ市内各地で行われる展示の総称)で展示をしたんです。ギャラリーを100軒ぐらい回って、タダでやらせてくれと頼んで(笑)。そのときに展示したセラミックのトレイが、日本のバイヤーの目に留まって、初めて商品化されました。

濱口:学校を卒業した後は?

大城:メンフィス(80年代に活躍したイタリアのデザイン集団)の時代に活動していた詩的なデザイナーがいて、そのデザイナーの作品が好きだったこともありスタジオの門を叩きました。その後、別の建築設計事務所に勤めたんですが、そこで設計図を描くスキルをみっちり鍛えられました。設計図を描いたりするのは苦手だったんですけど、そればっかりやっていたら、逆に得意になりましたね(笑)。3年ぐらい勤めた後に、ステップアップしたいと思って、ピエロ・リッソ-ニの事務所に入りました。

濱口:リッソーニといえば、イタリアデザイン界の巨匠だし、当時はすごい人気だったでしょ?

大城:いちばん波に乗っているときで、大きな仕事も多かったですね。リッソーニのところに8年いてプロのデザイナーとして一通りを学びました。そろそろ独立しようと思っていたときに、バーバー&オズガビーから誘われたんです。ずっとミラノにいたので、視野を広げるためにはいいチャンスだと思って、ロンドンに移って3年間、彼らの事務所で働きました。僕の仕事はイタリアのメーカーとのやりとりが多かったので、ロンドンにいてもずっとイタリア語をしゃべってました(笑)。でも、ミラノとは違う仕事の仕方を学べたことは大きかったです。

濱口:具体的には、どういうふうに違ったの?

大城:ミラノとロンドンの違いというより、バーバー&オズガビーのデザイナーとしての姿勢がすごく新鮮でした。新しいことに挑戦していくことを楽しむという姿勢で仕事をしていたので、一緒にいてすごく面白くて、刺激を受けました。

濱口:クリエイティブですね。バーバー&オズガビーのところで学んだことは大きかったんですね。

大城:ミラノではデザインが産業としてきっちり確立されていて、メリットもたくさんありますが、クリエイティブが産業に取りこまれ過ぎて少し保守的になりがちだと感じていました。それに当時のミラノは不景気だったので、若い人が活躍できる状況じゃなかったんです。それが2015年のミラノ万博以降、またミラノのデザイン界に活気が戻ってきたように感じています。

濱口:エキスポ以降、そんなに変化したんですね。

大城:メーカーがどんどん若い人を起用していますし、デザイン界も世代交代が進んで、意識が変わってきたと思います。

濱口:今のイタリアのデザインについて、大城さんが感じることは?

大城:自由な発想で面白いアイデアをギャラリーから発表するデザイナーが注目を浴びているのは最近の傾向かもしれません。デザインの世界にも多様性が出てきたことは良いと思います。個人的にはしっかりと社会や産業と関わりながら商品をデザインしていくことも重要だと思うし、それをやりたいと思っています。「量産=安価」や、「希少=高価」ではなく、「より高品質な商品を、より多くの人に届ける」ことがデザインの本質だと思っています。

といっても、しっかりと思想を持っているメーカーと仕事をしていきたいので、お話はいろんなところからいただくんですが、今は慎重に仕事を選んでいます。以前、エド(・バーバー)とジェイ(・オズガビー)に、デザイナーとしてやっていくためのアドバイスを聞いたことがあったんですけど、「1年に10個も、つくらなくていいんじゃないかな。1年に1個でいいから、納得いくものをつくればいい」と。「僕らも昔はすごく苦しかったけど、納得いくものを1個、2個、3個…と着実につくっていけば、評価してくれる人が必ず出てくるから」って。彼らを見ていても、本当にそうだと思います。

自然がインスピレーションの源

濱口:大城さんは今、コモ湖の近くに住んでるんですよね。

大城:そうなんです。ミラノから1時間20分かけて電車で通勤してます。といっても、東京の通勤とは違って、席もすいてますし、田舎の風景を眺めながら、本を読んだりスケッチをしたり。

濱口:家に仕事は持ち帰らないんですか?

大城:アシスタント時代は、毎晩、家に帰ってからも深夜まで仕事をして、土日もずっと仕事だったんですけど、僕のイタリア人のパートナーから「いい加減にして!」って怒られて(笑)。今は、土日はちゃんと休んでいます。

濱口:休日の過ごし方は?

大城:自然のあるところへ行きますね。アルプスの麓にいるのでよく山に出かけます。あとはスローフード協会に入ってるので、農家やワイナリーを回ったり、暖かい時期はコモ湖でヨットを楽しんでいます。

濱口:ヨーロッパの人に聞くと、みんな、インスピレーション源は自然だって言いますよね。

大城:どう考えても自然がいちばん綺麗ですよね。それに、都会にいるとずっと仕事のことを考えてしまうので、一度リセットするためには、自然の中に行くのが一番いいんです。

◆対談構成/平林享子
◆写真/アレッシオ・ミラネスキ
◆撮影協力/ポルトローナ・フラウ東京青山

大城健作

PROFILE
大城健作 Kensaku Oshiro
1977年沖縄県生まれ。高校卒業後、イタリア・ミラノへ。1999年、Scuola Politecnica di Design卒業。ミラノでいくつかのデザインスタジオに勤める。2004年、ピエロ・リッソ-ニ率いる「リッソーニ・アソシアティ」に勤務。2012年よりロンドンに移住、エドワード・バーバーとジェイ・オズガビーによる「バーバー&オズガビー」に勤務。2015年、独立して自身のスタジオをミラノに設立。インテリア、プロダクトデザインを幅広く手がける。
公式サイト https://www.kensakuoshiro.com/
日本では、ポルトローナ・フラウ東京青山以外に、エ インテリアズでも作品の取り扱いがある。

【関連記事:イタリアの家具ブランド「ポルトローナ・フラウ」の旗艦店が東京・青山にオープン!】


「大城健作 特別展示 INTUITION/直観」

2018年10月25日(木)~30日(火)、東京・南青山のエ インテリアズにて、「INTUITION/直観」をテーマとした大城健作さんの特別展示があります。新作チェア「SWEEP」の発表も。

大城健作Kensaku Oshiro「スウィープ(SWEEP)」 2018 チェア Interiors

●会期:2018年10月25日(木)~30日(火)
●時間:10:30〜19:00
●会場:エ インテリアズ
●住所:東京都港区南青山4-22-5

WRITER PROFILE
濱口 重乃 Sigenori Hamaguchi
濱口 重乃 Sigenori Hamaguchi

慶應義塾大学経済学部卒業。1994年平凡社に入社し、グラフィック誌「月刊 太陽」の編集に携わる。2001年文藝春秋に入社。女性誌「CREA」のデスクを務めた後、2005 年ライフスタイル誌「TITLE」編集長に就任。2008年コンデナスト・ジャパンに移籍し「GQ Japan」編集長に就任。フリーランス編集者を経て、2013 年ハースト婦人画報社にエディトリアル・アドバイザーとして入社。2014年インテリア&ライフスタイル誌「ELLE DECOR」編集長に就任。2017年7月よりハーパーコリンズ・ジャパン シニア・エディトリアル・ディレクター。

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